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インターン研修 加治木里紗

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<No.16>明治大学2年 加治木里紗

今回はインターンの後半、特に力を注いだ沖縄タウンオープニングイベントのことに絞って書きたいと思う。

〜ペイント担当として〜 沖縄タウンオープン1ヶ月前、応援団のミーティングで商店街には入口に2×10mほどの壁があるが、そこに絵を設置したらどうかという案がもちあがった。数々のアート系イベントを手がけ、自ら制作もする知人がいる関係で、私は今回ペイント担当に任命された。

軽く引き受けたことだったが予想以上に大変だった。条件が良くなかった。(素材がない。予算が無い。壁が斜めで長方形でない。時間がわずか。大きい作品になるので描く場所が無い。。。)しかし、こんな悪条件の中でもボランティアで引き受けてくださったアーティストさん、期待してくれている応援団、商店街のみなさん、そして私自身のためにも、アーティストさんや商店街とのミーティングを重ね、できるだけ良い方向に行くように努めた。

振り返ると、私が所属する部の勉強合宿中にもしばしば問題発生の知らせが入り、現場へ行けないことに歯がゆさを感じたこともあった。それ以降は、ペイントの進み具合を見に時間を見つけては商店街に足を運んだ。オープン前日は晩くまで応援団の何人かも色塗りのお手伝いをし、追い込みをかけた。そして、ようやく当日のライブペインティングで仕上げをするのみの状態までたどり着いた。壁への設置はいたずらを警戒して当日の朝ということになっていた。

わくわくして3月20日沖縄タウンオープン当日を迎えた。しかし、困難は終わらなかった。設営に予想以上の時間がかかった。ベニヤが大きい上に、ペンキを含んでいるためしなってしまい、なかなか壁に取り付けられないのだ。更に、斜めの壁に上手く絵を合わせることも至難の業だった。3、4回張り直しようやく設置できた。その時既に12時。式典が始まる13時までには何としても絵を仕上げなければならない。正直、アーティストさんも私も焦っていた。自然と顔つきが険しくなっていた。

式典の5分前、最後に「沖縄タウン」という丁寧な赤い文字が入り、幅10メートルに亘る作品が完成した。完成した作品を見渡したときの喜びは言葉では表せないほどだった。緊張がほぐれ、笑みがこぼれた。

悪条件で、更に、役不足だったであろうペイント担当相手でも、諦めず根気強く忙しい合間を縫って、絵を描いてくださったアーティストさん、差し入れをくださり、温かい声を掛けてくださった商店街の方々、応援してくださったとかしきさんをはじめ、応援団の皆様に改めてお礼を言いたい。絵が出来上がっていくとともに、オープンが近づき、街が変っていくとともに、沖縄タウンにかかわっている皆の気持ちがひとつになっていくのを日に日に感じていた。今回、「想いは届く」そう確信した。

〜沖縄タウンオープニングイベント「うりずん祭り」を終えて〜
沖縄タウンプロジェクトは、発起人であるとかしきさんの力が大きいことはもちろんであるが、実に多くの人の力が集まってオープンを迎えられたのだと思う。それぞれに様々な葛藤があったこともあると思うが、祭り最後のお客さん、スタッフ、商店街、、、全体巻き込んでのカチャーシの盛り上がりはそれを吹き飛ばしてしまったのではないだろうか。腕が痛くなるまで踊った。

来場者数約1万6千人。オープニングイベント大成功!!選挙でも泣いた事の無いというとかしきさんが、打ち上げで見せた涙には沖縄タウンに対する強い想いが表われていたのだと思う。

今回、他に類をみない形の街おこしである沖縄タウンプロジェクトに微力ながら関わることが出来たこと、そして素晴らしい仲間と(イベントに関して言えば)ゼロから1つのものを創り上げること出来たことを誇りに思う。一生の宝物だ。

沖縄タウンオープニングイベントは成功かもしれない。しかし、これで終わりではない。沖縄タウンはこれからも存在し続ける。これからも沖縄タウンを見守っていきたい。

最後になりましたが、こんなに貴重な経験をする機会を与えてくださったとかしきさん、本当に感謝しています!!